人生を変えた出来事②悪夢の入り口

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昨日アップしたブログの続きです。
もう20年以上前の出来事。

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悪夢の入り口

仕事を抜け出して来た病院で結核の疑いがあると言われ、この病院ではみれないと言われた。
結核は伝染病のため隔離された病院でないといけないらしい・・・
それから入院の準備をして専門の病院に行って下さいとも言われた。
その日はそのまま自宅に帰った。
夜になっても茶碗2杯ぐらいの喀血があったが、翌日、喀血もタンもピタリと止まった。

当時、僕には彼女がいた。
僕が23歳、彼女は20歳の大学二年生だった。
その日の事を電話で話すと心配そうに泣いていた。

翌日、朝の弱い僕はボケーっとしながら両親と一緒に病院に向かった。
今思うと自宅から近い名古屋市の病院だったのは不幸中の幸いだった。
まだ自分が結核なのか信じられず、他人事のようにボケーっとしていた。
着いた病院はボロボロの国立病院だ。

着くなり、いきなり病棟に案内された、それもまたボロボロの病棟・・・
エレベータを使って六階に上がり病棟はエレベーターホールを中心に東西に分かれていた。
薄暗い廊下を西病棟へ歩き西病棟の真ん中辺にナースステイションがあった。
廊下の両側には病室があり、なんだか妙に静かに感じられた。

僕はますます不安になりながら診察の時間を待った。

ナースステイションの隣りの部屋、それもくどいようだけどボロボロの部屋から
看護婦さんが僕の名前を呼び診察室に入ると40ぐらいのちょっと気持ち悪い先生がいた。
なんかホモっぽい。。。

それは結核について説明を受けていた時だった。

やばいっ、と思ったときには気を失って倒れていた。

学生の頃、満員のバスに乗って通学中に倒れたことがあった、
社会人になって、通勤中の満員電車で倒れたこともあった。
その時は、朝が弱くて、ただの貧血だと思っていた、だが原因は他にあったみたいだ。

気づいた時にはベッドの上で心電図をとるための電線が胸に貼り付けられていた。
周りには看護婦さんたちが忙しそうに動いていた。

どうすることもできず、心配そうにこっちを見る親父がいた。
いつもは偉そうにしている親父が何も出来ずにオロオロと
部屋の片隅から心配そうにこっちを見ている確か母親よりも後ろに立っていたと思う。
その時、親父が本気で僕のことを心配してくれていることに気づいた瞬間だった。
この出来事がなければ、そういう親の気持ちに今でも気づいていなかったかもしれない。

悪夢の中でも道端に花が咲いていた。

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